岐阜家庭裁判所御嵩支部 平成6年(家)188号 審判 1994年10月25日
申立人
乙野春子
主文
本件申立てを却下する。
理由
1 申立の趣旨
申立人の氏「乙野」を「甲野」と変更することの許可を求める。
2 申立の実情
申立人は、昭和五八年一一月一九日に乙野夏男と婚姻したが、平成二年四月九日協議離婚した。その後姓をそれまで通用していた氏「乙野」を使用していた。ところが、申立人は妊娠し平成七年二月一三日頃出産する予定であるが、子の父親とは婚姻できないため、生まれてくる子が全く関係のない「乙野」という氏を使用することになるので、申立人が婚姻前に使用していた「甲野」に変更することの許可を求める。
3 当裁判所の判断
本件記録によれば、次の事実が認められる。
① 申立人は、昭和五八年一一月に乙野夏男と婚姻して、「甲野」姓から夫の氏である「乙野」姓になったが、平成二年四月協議離婚した。申立人は、難婚に際して、薬局に勤務していたので、引き続き「乙野」姓を称しようと考えて、戸籍法七七条の二の届出をした。
その後、申立人は、転居したり、勤め先を変えたりしたが、一貫して「乙野」姓を用いており、婚姻前に使用していた「甲野」姓を用いたことはなく、両親と同居している現在も、「乙野」姓を用いていて社会生活上具体的な不都合を生じてはいない。
② 申立人は、現在妊娠しており、出産予定日は平成七年二月一三日であるが、子の父親とは婚姻する予定はない。
申立人としては、上記「申立の実情」記載の理由のほか、生まれてくる子が「乙野」姓のままだと将来いじめにあうかも知れないと言われたことと、今後実家で暮らすので「甲野」姓の方が何かと便利であることから、本件申立てをした。
以上の事実が、認められる。
これによると、申立人は離婚後「乙野」姓を用いて四年余り社会生活を営んでおり、離婚後の氏としては「乙野」姓が定着していると言わざるを得ないし、「乙野」姓を用いていて社会生活上具体的な不都合を生じてはいない。申立人は、生まれてくる子が全く関係のない「乙野」姓になるというが、母親である申立人の氏が「乙野」であるからその子が「乙野」姓になるのは当然のことである。また、将来子が「乙野」姓を用いていることを理由にいじめにあうかもしれないという点は了解することができない。さらに、氏の変更については、戸籍法一〇七条一項の「やむを得ない事由」があることを要件としており、婚姻により氏を改めた配偶者は離婚により婚姻前の氏に復するのが民法の原則であることに照らせば、本件のように、離婚に際して戸籍法七七条の二の届出をして婚姻中の氏を引き続き称した者が婚姻前の氏に復しようとする場合には、他の場合に比べて右要件を緩やかに解すべきであるといえるが、呼称秩序の維持を考慮して右要件が定められていることを考えると、単に実家で暮らすので婚姻前の「甲野」姓の方が何かと便利であると言うだけでは、この要件を満足せず、より積極的な氏を変更すべき必要性がなくてはならないというべきである。
以上のとおり、申立人については、離婚後の氏として「乙野」姓が定着していて、氏を変更すべき積極的必要性が認められないから、呼称秩序の維持を考慮すると、戸籍法一〇七条一項の「やむを得ない事由」に該当する事実は認められず、本件申立ては却下するほかない。
(家事審判官 鬼頭清貴)